高松司教区子どもの集いミサ説教 ルカによる福音(22:19−20)

2005年6月5日
  於:長尾聖母幼稚園

 私は、中学3年生の時に、初めてカトリック教会に行きました。11月の2日というのはカトリックの教会では「死者の日」ということで、その前に墓地の掃除に行く習慣があります。中学3年生でして、小学生の子供たちと中学生の男の子たちも一緒に、そして私は一番年長でした、10人ぐらいで墓地に掃除に行きました。10月というのは九州では、ミカンがいっぱいなっているときです。その時いっぱいミカンが生っていましてた。私たちの中学3年生といったらまだ戦争が終わってそんなに時間がたっておらず、あまりたくさん食べ物がなかった時代でした。掃除をしながら隣の畑にたわわに実っているミカンを見まして、食べたいと思いました。掃除も半分ぐらいにして、ミカンをたくさん盗りまして、帽子に入れたりポケットに入れたりしました。すると形相いかめしい男の人がでてきまして、「おまえたちだな」とどなりました。墓地は山の上にあって、その山の上から走って下りて逃げました。ところが、小学校の3年生か4年生ぐらいの男の子が捕まってしまいました。首を押さえられて山の上の墓地のところまで連れて行かれて、木に縛られたのです。これはやばい、このままじゃまずいかなと、私は一番年上でしたので思いました。「行こうか、もうしょうがないから」と、10人みんなでまた墓地まで上って「すみませんでした全部お返ししますから」と言いました。そしたら「おまえたち教会で何を習っているのか」「教会は盗みを教えるところか」「盗ったもの全部買え、金がなくて買えないんなら神父を連れてこい、払うまでは解放しない」あるいは「警察に突き出す」と言われて、仕方がないので、私はもう1人の中学2年生の男の子と2人で山を下りまして、教会まで30分ぐらい歩いて行きました。教会に着くと、そこにイタリア人の神父さんがいました。ひげを生やした神父さんで、考えてみれば今の私より若かったと思うんですね。50才ぐらいの神父さんだったでしょう。神父さんに「捕まえられた」と言ったら「ああそうか」と神父さんは一緒にきてくれました。今度は山道で上りです。40分ぐらいかかったでしょうか。上っていったら、捕まえられてまだ縛られたままです。神父さんが「どうもすみませんでした」と言って、その人にお金をあげて「このミカンを買って帰りますので」と言って縄を解いてもらって、神父さんが一番先頭に立って皆で山を下りました。私たちはみんな頭を下げて、ものも言わないで町の中を歩いて教会に行きました。教会に着いたら部屋に入って「みんな座れ」というから、「きっと説教されるだろうなあ、怒られるかなあ」と思ったら、神父さんは「ミカン全部出せ」と言うのです。神父さんの机の上にポケットからミカンを出すと、神父さんは1つミカンを取りあげて、そのミカンをむいて、2つぐらいを取って、上にポーンとあげて口をパーッと開けて、パッと食べたんですよ。そしてその神父さんは「食べろ」と言いました。それが、私が洗礼を受ける前の出来事です。
 そのときに私は思いました。「ああ、僕も信者になろうかなあ」って。神父さんの気持ちが良く表れているできごとです。もうできてしまったことを、たくさん叱っても仕方がない。自分たちで分かっているんだから、もうそれでいいんだという気持ちで接してくれた神父さんが、私を洗礼へと連れていってくれたのです。

 さて、今日の福音書の中で「これは、あなたたちのために渡される私のからだ」と言っております。イエス様は「あなたのために自分を捧げますよ」と言ってくれています。私はあの神父さんのことを、いつも思い出します。あの神父さんが「神学校に行かないか」と言ったときに、何の抵抗も無かったような気がします。神父さんが「私のことをいつも考えてくれた」という気持ちを、子供ながら持っていたということです。イエス様も「あなたのために私をあげますよ」と言ってくれています。

 今日パンをいただきますよね。御聖体をいただくのは、イエス様が「君のためなんだよ」「あなたのためなんだよ」「私をあげるから、食べてごらんなさいね」「食べたら、私と同じように、他の人に自分をあげるようにしなさいね」と言っているのです。いいですか。これからミサを捧げますので、ミサの箇所箇所に、イエス様が「君のためにあげるよ」と言っていることばの意味を理解させようと思っております。今日、この集いが終わって帰るときに、変わって帰るように。自分本位の、自分のことばかり考える子供から他の人のことを考える生き方に変わるようにお願いしたいと思います。

    ※司教様チェック済